髪結いの亭主

私の髪を結って下さい。
何かの決意に満ちた声。
その主が誰であろうと決意の強さは変わらない。
わざわざお金を払って結ってもらおうというのだからそれは当然なのかもしれない。

私は結う前に必ず尋ねる。
今日はあなたに何があるのですか?
彼女は少し照れたように俯き答えた。
婚約者の家に初めて挨拶に行くのです。

ここに来る客はいつも人生の分岐点に立っている。
成功するか、否か。
髪など些細な事かもしれない。
しかし彼女等は些細な事さえ万全に整えて望みたい。

どう結うか少し話し合い、私はその客を椅子に座らせ、後ろに回り込む。
私は彼女の髪を手ですくった。
真直ぐな黒髪。
一応櫛でといてみるが、どこにも引っ掛からない。
少し結うのは勿体無い。

しかし彼女の決意は無駄には出来ない。

私は髪結いとしての意地を見せよう。
彼女のこの意気込みを相手に伝えてやろう。
この清流のごとき黒髪に意志と生命を与えよう。

髪を結う間は静寂。
彼女は私を信じて目を閉じている。
目を開いた時に変身した自分に驚く為に。

その願いは叶えられた。
完成を伝え、鏡を渡す。
次の瞬間、声にならない驚嘆の吐息と共に、彼女に笑みがこぼれる。

彼女は感謝を伝え、髪結いの料金に多少色を付けてくれた。
私は彼女に激励の言葉を送り、彼女の後ろ姿を見送った。

私はその結果、彼女ら客がどうなったのか知る事はない。
上手く事を運ぼうと、運ばなかろうと、私は関係がない。
重要なのは、髪結いにわざわざ金を払うほどの決意と意気込み。

結果がどう出ようと、意志が強ければいつかは上手く行く。
私は今日も、それを願いながら髪を結う。


あとがき

 この詩はどこかの100のお題の1つに合わせて書いたものです。
 実際このお題に挑戦されている櫻田愛美里。さんが、とあるサイトの掲示板でこの100のお題が話題に登った際に、「こんな題無理でしょ」と、この『髪結いの亭主』というタイトルを教えてくれたのが始まり。
 翌日その掲示板には「やってみました」というコメントと共に僕のこの詩が載ったのでした(笑)。今も櫻田さんのサイトに掲載させてもらっています。(リンクを貼っていたサイトじゃないですけど)
 実はこのお題にはオチがありまして、『髪結いの亭主』というのは「怠けて働かない亭主」という意味があるそうです。それを知らなかった僕はその意味にそぐわない詩を書いてしまったわけでして……(苦笑)。
 この詩はその言葉の意味とは関係がないものとしてお読み下さい。


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